さて、突然ドイツに攻め込まれたロシアは、連合軍であるイギリス、アメリカに援助を求 めました。
　ロシアへの援助物資はイギリスから北海を渡ってロシアに送られます。
　ドイツはこの北海ルートを断とうと考えました。

　それには、大西洋で通商破壊戦を行っていた巡洋戦艦群を北海に回航しなければなりませ ん。
　フランスの軍港ブレストから北海に回航するルートは２通りあります。
　１つはブレストから直接英仏海峡を通って北海に入るコース、これは最短コースなのです が、対岸が見えるほど狭い英仏海峡を通るのではすぐイギリスのレーダーに見つかってイギ リス空軍に袋叩きにされそうです。
　もう１つは、イギリスを大きく迂回して、シュットランド諸島の方から北海へ入るコース です。しかしこのコースではイギリス艦隊に遭遇する危険があります。
　第２次大戦時のイギリス海軍は世界一、ドイツの誇る最新の巡洋戦艦でも数にはかないま せん。

　そこでドイツ軍は、大胆巧妙な作戦を考えました。
　イギリス人の臨機応変対処の弱さ、「英国の戦い」で活躍したレーダーへの過信、を突いて やろうとしたのです。
　すなわち、イギリスのレーダーに妨害を掛けてメクラにして置いて、白昼堂々と英仏海峡を 突破する作戦（チャンネルダッシュ作戦）を考えたのです。

　当時、既に電波雑音は太陽の黒点活動に関係があり、日の出と共に電波雑音が増加するこ とが知られていました。
　ドイツ軍は、作戦のかなり前から、イギリスのレーダーに雑音状の妨害電波を、日の出と 共に少しづつ掛け始め、しばらくすると弱めていくのです。
　最初は極く弱い妨害電波なので、イギリスのレーダーオペレーターは自然現象だと勘違い しました。
　ドイツ軍はこの妨害電波を日を追う毎に少しづつ強くしていきます。
　イギリス側はすっかり自然現象だと思っていましたし、しばらくすると弱くなってなって しまうのであまり支障はないだろうと考えていました。

　１９４２年２月１２日、巡洋戦艦シャルンホルスト、グナイゼナウ、巡洋艦プリンツオイ ゲンを主体とするドイツ艦隊はブレストを出発、同時にレーダー妨害電波が発射されます。
　狭い英仏海峡を挟んでイギリスのレーダー電波とドイツの妨害電波が火花を散らしました。

　艦隊が英仏海峡の狭い部分に到達するのに合わせて、妨害電波をフルパワー、イギリスの レーダーオペレータがこれは自然現象にしてはおかしいと気付いた時には、既に艦隊は海 峡を突破していました。
　チャンネルダッシュ作戦はドイツの計画通り成功に終わったのです。

　このような電波妨害方法は大変巧妙ですね。
　ただ単に妨害を掛けたならすぐおかしいと気付いて、偵察機を飛ばすなり他の方策を考え られてしまいます。
　このように自然現象に見せかけたりして、妨害と気付かせない妨害は「欺瞞妨害」 Deception Jamming と呼ばれています。

エピソード：

　実はドイツ艦隊が海峡に差し掛かった時、偶然通りかかったイギリス偵察機がドイツ艦 隊を発見したのです。
　ここですぐに無線機を使って「緊急通報」をすれば、イギリス空軍が総攻撃を掛ける時 間余裕があったはずです。
　しかし、当時は機密のために無線封止の命令が出ており、この偵察機はあわてて基地に 帰り司令部に報告を入れました。貴重な時間をロスってしまったのです。

　うーん、ドイツの読みの通り、イギリス人に臨機応変は似合わないのですね。

　それでもイギリスは必死で攻撃をしようと、何とか準備出来たのは魚雷攻撃機がたっ たの６機、それも第一次大戦の生き残りのような２枚翼の攻撃機です。
　護衛の戦闘機も準備が整わず、僅か１０機。
　ドイツ艦隊上空にはドイツ最強の護衛戦闘機群がひしめいています。
　そこにこの陣容で攻撃を掛けるのは自殺行為です。

　それでも、６機は勇敢にドイツ艦隊の槍襖（やりぶすま）のような対空砲火の中に突進していったのです。
　上空からはドイツ戦闘機が攻撃を掛け、たちまちのうちに攻撃機は全機撃墜されてしま い、攻撃した魚雷も全部かわされてしまいました。

　しかし、その勇敢さは敵味方から賞賛され、攻撃隊隊長エスモンド少佐にはイギリス最高の ビクトリア勲章が授けられたということです。